民間武術探検隊

通背の郷

 



	 短い期間ではあったが、たくさんの思い出ができた「通背虎の穴」
	とも、お別れである。
	 いよいよ大連市街へと乗り込むのである。迎えの車を待つ間、
	日陰で海を見ながら、兄弟弟子といろいろ語り合う。


		      第五章 通背海の家をあとに


	 通背海の家は、武術と書道の学校になる予定である。そんな訳でここには、
	書道の先生もいて、一緒に食事をとったりしていた。
	 ある食事の時、李老師が「この人は中国で有名な書道の先生でなー。この
	掛け軸も先生に書いてもらった物なんだぞー」と食堂に飾られていたでっか
	い掛け軸を指さした。そして、「そうだ、記念におまえら一人一人に何か書
	いてもらおう。先生、よろしくおねがいします。」という事で、次の日、書
	道の先生の部屋で何か書いてもらうことになった。
	 先生の部屋はいかにも「書道家!」という雰囲気で、むさ苦しい我々には
	場違いなところであった。ゆっくり墨をすりながら「何か書いて欲しいモノ
	はあるかな?」と先生。そーいきなり言われてもね〜(^-^; お、そうだ。
	「じゃ、じゃあ『通背拳』でお願いしまーす。」とぼく(^-^; それを聞いた
	常松老師は、先生に何やら話す。書道の先生はうなずくと、紙に向かった。
	そして、ゆっくりと筆を動かす。先生はぼくに「名前は?」と聞くので名刺
	を差し出した。「ほぉ、『しんじんげん』か。」とぼくの名前を正しく読ん
	だ。
	 ぼくの「わたる」は「亘」であるが、あまり日常で使われない漢字なよう
	で、いままで「げん」と正しく読んでくれた民間中国人はいなかった。大抵
	は「ふん」とか、間違った読み方をし、なかには「この字は漢字にはないっ」
	と断言する人さえいた。
	 先生に、その事を話すと「いや、この字はある。『げん』だ。あまり使わ
	ないがな。」と物静かに語った。この先生、北京出身だそうで、ちょっちイ
	ンテリな感じ。さすがは書道の大家。見事である。ぼくもれしい。
	 そして高そうなハンコをいっぱい押して完成。ぼくに手渡してくれる。
	う〜む、達筆すぎて(^-^;なんて書いてあるかよくわからないが、どー見ても
	「通背拳」には見えないぞ。なんとなく(というか、確実に(^-^;)4文字
	書いてあるような気もするし(^-^; しかし、先生には聞きづらかったので、
	常松老師に「これって『通背拳』って書いてあるんですか?」と聞くと、
	「いや、竹影清風だ。」との返事。へ?(?_?)ナデナデ
	 実は、常松老師が、マンマ「通背拳」では芸がないと思って、通背の特徴
	である「柔らかさ」と「速さ」をあらわす「竹影清風」というカッコイイの
	を考えてくれたのであった。その説明を聞いた一同、思わず「ぉお〜」。
	 そのあと順番に、みんなもいろいろ書いてもらったが、「オレの書いても
	らったヤツさぁ、なんて書いてあるかわかんねーやー」なんていうバチアタ
	リもいた。ホントのありがたみがわかるような面子ではなくて、先生には、
	ちょっち申し訳ない気がした。

	 李老師、書道の先生、服務員のおねいさんのほかに、通背海の家には、李
	老師の一族の人が来ていた。李老師の妹さんやその子供達である。子供達は
	(男の子と女の子が一人づつ。)夏休みだったようだ。
	 男の子は李老師の甥で、身長180cm体重100kgくらいの巨漢で、初め
	て見た時は、ぼくらと同世代かと思った。しかし、実は15才かそこらで、
	非常にびっくりした。女の子は小さくて細くて小学校低学年くらいに見えた。
	巨漢くんはよく、ぼくらの練習を見ながら、マネしてたりしていたので、少
	し話しをした事もあったが、女の子の方とは特にきっかけもなかったので、
	一度も話しをした事はなかった。
	 そのちっちゃい小姐が、車を待つぼくらを少し離れた所からちらちら見て
	いる。車を待つ以外、特にすることもなかったので、「おいで、おいで〜」
	と女の子を手招きすると、初めはは恥ずかしがって(注:ぼくらが怪しかっ
	たからではない。トオモイタイ(^-^;)寄ってこなかったが、そのうちぼくらのそば
	に来て、いろいろとおしゃべりをした。聞くともう12才だそうで、見かけ
	よりずっと大きかった。
	 前々から思っていたことだが、中国の小姐は声とか話し方がカワイイ。そ
	れが中国語(北京語)の発音から、そう聞こえるのかはわからないが、とに
	かくイイのである。このちっちゃい小姐も声や話し方が可愛くて、話してい
	て楽しかったりした(^-^; 名前をきいた時、なかなか聞き取れなくて「ん?
	りぃちぇん?」「ちがう。りぃちぇんよ」と、何度も何度も何度も一生懸命
	言ってくれたりした。某隊員などは「かわいいよなー。オレだったら、わざ
	と間違って何回も『りぃちぇん』って言わせちゃうぜ」とか危ない事を言っ
	ていた(^-^;
	 ちなみに「りぃちぇん」は「李[イ青]li3qian4」である。「ぃぇん」で終
	わる名前の小姐は多い気がする。
	 日本からお土産用に持っていった、可愛い花柄のボールペンがあったので
	「コレあげるよ。」と言って渡そうとしたら、「えー、いいよいいよ」とな
	かなか受け取ろうとしなかったが、「遠慮しなくて良いよー」と渡した。
	「これはねー、日本製なんだよ。」と言うと、李[イ青]は「えー、日本製な
	のー」と、ちょーうれしそうに目をキラキラさせていた(^-^)。その喜びよ
	うを見ると、なんだかこっちまでウレシクなってしまうようだった。りぃち
	ぇんは、ボールペンを「ありがとぅ」と言って受け取り、部屋へ駆けて行っ
	た。お母さんに見せに行ったのかなーと思っていると、巨漢くんと一緒に、
	また戻って来た。「ふふふ、巨漢くんに見せびらかしたな(^-^)。」と思い、
	「キミにもコレをあげよう。」と、ノック式のちょっと良いボールペンを渡
	そうとした。巨漢くんも、やはり「えー、いいよ、いいよ。」と受け取らな
	い。りぃちぇんが「さっき、あたしが見せたら、『欲しいっ』って言ってた
	じゃん。」とクスクス笑いながら言った。「そんなコトねぇよ。」と頬を赤
	らめて否定する巨漢くん。ナリはデカイけど、やっぱ子供だ(^-^)。「コレは
	ねー。一見、普通のボールペンだけど、ここをこうすると、ホレ、色が変わ
	るんだぜぇー」と見せると「ぉおお、すげぇー」と驚く二人。巨漢くんが、
	受け取らないので、りぃちぇんに「あとでやってね」と渡す。
	 たあいもないコトをいろいろと話す。ぼくの中国語のレベルは小学生並な
	ので、丁度良い(^-^;「『じょぅじんふぁず』知ってる?オレ好きなんだ。」
	と巨漢くん。「だれだ?ソレ。日本人か?」「知らないの?「酒井法子」だ
	よ。」と紙に書いてくれる。「ぉお、のりPか。知っているとも!オレも好
	きだよ。じゃあ、伊能静、知ってる?」「うん、知ってる、知ってる」とか
	そんな感じ(^-^;
	 「にいちゃん達、これからどーすんの?」「大連に行くんだよん。(ココ
	だって大連だけど(^-^;>海の家)」「大会に出るんでしょ。」「よく知って
	るな。ぼくらは通背拳を練習してるからね。」「そうなんだ!ねーねー、冠
	軍してね。金牌とってね!」「えー、そんな事言われても、わかんないよ。」
	と口ごもるぼく。一口に通背拳と言っても、いろいろな通背拳があり、ぼく
	らの通背拳は、大連に一般に流布しているものと風格が異なるので、審判か
	らどう評価されるかわからなかったのだ。
	 そんな訳で、巨漢くんとりぃちぇんの「金牌とってぇー、冠軍とってぇー」
	攻撃に「おぅ、まかしとけぇいっ!」とは言えなかったのである。「精一杯
	がんばるよ」としか・・・。でも、このちっちゃい友達(一人、ナリはデカイ
	けど)のためにも、ガンバルゾっ、と結構もりあがってきた。表演するのに
	こんなにリキが入っているのは初めてかもしれない(^-^;

	 そして、迎えの車が来た。二人に再見。

	 いろいろな思いを胸に秘め、いよいよ大連に殴り込みでぇい。(って、な
	んか違う(^-^;)



	 「第六章 再会」に続く



	 語句解説

	  ○名刺
	   民間武術探険専用に作った特製名刺。実は日本を発つ前の日に急遽Mac
	   君で作成したモノ。でも結構よくできた。民間武術家は名刺が好きなので
	   必需品である。

	  ○しんじんげん
	   「新井亘」と書いて「しんじんげん(xin1jing3gen4)」と読む。亘は民間
	   度がかなり低いようである。最も日本でもあまり使われないためか、昔
	   は「なんて読むの?」って(日本でも)よく聞かれた。

	  ○巨漢くん
	   ホントにデカイ。本名は周志強。趣味はサッカー、カズのファン。好き
	   なアイドルは酒井法子。感情が顔に出やすいタイプ。

	  ○りぃちぇん
	   李[イ青]li3qian4。[イ青]は「美しい」という意味。イイ名前だ(^-^)
	   10年くらいしたら、また会ってみたい(^-^;

	  ○話し方がカワイイ
	   そー思いません?<中国小姐@北京語

	  ○可愛い花柄のボールペン
	   民間武術家との交流を主な目的とする民間武術探検隊が、なぜこんな
	   モノを装備しているのだろうか?

	  ○日本製
	   民間中国人は日本製を好む人が多い。日本に来て買い物をする時など
	   かなり日本製にこだわる。しかし、電気製品などメーカーは日本だが
	   生産はアジア(日本以外の)であったりする場合が多く、結構苦労す
	   る。

	  ○酒井法子
	   台湾でCD出したりして、中華圏で結構有名。ぼくも「蒼いうさぎ」
	   とか好き(^-^;

	  ○伊能静
	   いーなんじん(yi1neng2jing4)。台湾のスーパーアイドル。日本だと
	   「いのうしずか」。「夜もヒッパレ」とかにたまに出る。ちなみにぼ
	   くは第一回民間武術探険(1991年)以来のファンである。

	  ○冠軍、金牌
	   冠軍は優勝、一位。金牌は金賞。まぁ、「一番」ってコトですな。

	  ○風格が異なる
	   多かれ少なかれ、各伝承者間には存在すると思われる。良い悪いの問
	   題ではなくて。



	                  1997.12.22 民間武術探検隊 わたる


第六章 再会

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