民間武術探検隊は行く

第一章  鳥のおっさん

ここは、山東省煙台市。古くから武術の盛んな地の一つで、近年有名になった螳螂拳の発祥地、労山からも近い。隠れた民間武術との出会いが期待できるのである。

我々「民間の武術が見たいぜ」探検隊は「民間武術家は朝が早い」の情報に基ずいて、AM4:00に起床し探索に向かおうとした。朝の強いボクはどんなに早い時間でも大丈夫であるが、隊員の中にはそうでない者もいたようで作戦遂行時刻になっても集合しない者が数名いた。一応あとで恨まれるとイヤなので起こしにいったが、鍵が掛かっていて、いくら呼んでも返事がない。あまり騒いでも他の泊り客に迷惑なので、断腸の思いで起こすのを諦め、出発する事にした。

さて、玄関を出ようとするとドアが開かない。鍵が掛かっているのだ。しかし、我々の民間武術にかける情熱を阻む事は出来ない。「ドアがだめなら窓からでるよ〜ん」と我々は窓の鍵を開け、物音を立てないように外に忍び出た。若干一名体格の良い隊員がいて作戦遂行が危ぶまれたが、なんとか外に出る事に成功した。(中国の宿舎はこういう事がよくある。以前泊まった所は一階の窓に全て鉄格子がはめられていて、開ける事ができなかったため、やむなく二階の窓から飛び降りた事もあった。鉄格子がはめられていたと言っても、もちろん刑務所ではない。)

こうして、ようやく外に出られた我々一行は「民間武術家は公園で練習する」の情報に基ずき、前日調べておいた公園に向かった。

そこは小さな山全体が、公園になっていた。薄暗い中を我々探険隊一行は、足取りも軽やかに、とりあえず頂上に向かって登り始めた。途中、何人かの人影を見かけたが、武術を練習している人はいなかった。頂上には、寺のような建物があり、人影はほとんどなかった。なぜだ?「民間武術家は朝が早い」というのは嘘なのかぁぁ?という思いが胸に去来する。しかし、しつこい我々探険隊一行は、とりあえず、もう少し待つ事にした。ある者は揺臂法をし、ある者は伸肩法をし、ある者はただ、ぼーっと辺りを眺めていた。

そのうち陽も昇り、寺の下の広場に、たくさんの民間中国人が集まってきた。「なんだ。俺達が早すぎたんだ〜。」と気を取り直した我々探険隊一行は、武術の練習が始まらないかと、民間中国人を装って辺りを散策する。しかし、気功らしきものをする民間中国人は大勢いるが、我々のお目当ての「民間武術家」らしき人物は一向に現れない。

しばらく探し回った我々は、「ここではダメだ」という結論に達し、そこを下山する事にした。結構歩き回って疲れていたボクは、隊員K田氏の「この公園の向かいにある山に登ってみよう。」との提案に一応は賛同したものの、内心「そう簡単に民間武術家は見つからないだろう。」と悲観的見解であった。

下山した山とは、道路を挟んで向かいにある山の登り道を我々探険隊一行は重い足取りで登って行く。途中、短パンにTシャツで、両手に鳥かごをぶらぶらさせたおっさんを抜いて行った。

しばらく登ると右手に広場が見えてきた。そこはいかにも「民間武術家」が好んで練習しそうな場所であった。我々探検隊一行は最後の望みを抱いて、そこへ足を踏み入れた。

しかし、そこにも「民間武術家」はいなかった。失望にくれる我々探検隊一同。そのうち小学校1〜2年位の女の子がやってきたが、我々の求める「民間武術家」とは縁もゆかりもなさそうであった。「いかにも、ここで練習しそうな雰囲気なのにな〜。」と話しをしていると、さっき追い抜いてきた短パンのおっさんが現れ、鳥かごを木の枝にぶら下げ始めた。「なんだ〜。鳥のおっさんの集まる場所かよ〜。」とますます絶望的になったきたが、なんとなくそこを離れられずに、ぶらぶらしていると、鳥のおっさんが話しかけて来た。「おまえさん達ここで何しているんだい。もうすぐここで練習が始まるんだけど。」と鳥のおっさんが言う。「鳥の練習かよ〜」と思いつつ「何の練習ですか〜?」と聞くと、おっさん、にこにこしながら「武術の練習だよ。」と言う。「な、なんだってぇ〜」、すかさず「ボク達は日本から、中国の民間武術を研究するために来ました。」と告げると、「じゃあ、もうすぐ、わしらの老師が来るから紹介してあげるよ。一緒に交流しよう。」と言ってくれたのであった!

悲愴感すら漂っていた探検隊一行に、この素晴らしいおっさんの言う事を話すと、一同「おぉ〜〜」と、どよめく。素晴らしいおっさんにいろいろ質問をすると、門派は螳螂拳である事が判明し、螳螂拳修行者のI田隊員は目に涙さえ浮かべていた(ウソ度100%)。

そして、素晴らしいおっさんが、さっきの小さい女の子を呼び、我々に套路を見せてあげなさいと言う。なんと「民間武術」とは縁もゆかりもないと思っていた女の子だったが、実は生粋の「民間武術家」だったのだ。聞くと初めてまだ3ヶ月だと言う。女の子の演ずる套路を見るとどうやら「崩歩拳」のようだ。「う〜ん。崩歩拳かな〜。」と呟くと「どうして知ってるんだっ!見た事あるのか?」と素晴らしいおっさんが驚いて、ボクに聞いて来る。「日本でちょっと見た事があるんですぅ。」と言うと「そうか〜。この日本人、只者ではないな(推測度120%)」と我々を見る目が少し変わり、ただの日本人ではない(只の日本人だけど・・)と思ってくれたようであった。

そうこうするうちに、だんだんと練習生が集まってきて、各々練習を始める。見るとなかなかレベルは高そうだ。こいつは期待できる。

そしていよいよ、老師がやって来た。

(続く)

語句解説

○民間武術 いろいろな側面を持つ武術(健身、表演、技撃)は、近年練習形態等いろいろ変化してきた(それぞれのニーズに合わせて)。そんな中で、昔ながらの伝統を守って、民間で伝えられている武術を「民間武術」とボクは定義してる。

○民間武術探検隊 民間武術家との交流を求めて、はるばる中国まで足を運ぶ奇特な人々。世捨て人が多い(ウソ度80%)。

○門派 日本で言う「流派」の事。

○螳螂拳 数ある中国武術の中の一門派。山東省が発祥地で盛んである。北方に伝わる18門派の技法を集大成して作られた。伝説によると少林拳を修めた王朗という人物が少林寺のある僧に試合を挑んだが、どうしても勝つ事ができず、修行の旅に出た。北方の有名な武術家を訪ね歩き、交流を続けたが、今一つ納得のいかないところがあり、修行の成果をまとめきれずにいた。そんな時、ふと休んだ木陰で螳螂(かまきり)が蝉を捕まえているのを見て感じる所があり、今までの研究をまとめる事が出来た。再び少林寺を訪れた王朗は、かつて、どうしても勝てなかった僧に試合を挑んだ所、勝利を納める事が出来たという。自分の武術をまとめるきっかけになった螳螂に敬意を表し、螳螂拳と命名し、その後故郷の山東省に戻り、その技術を伝えたと言う。

○套路 一つ一つの技をつなげた、所謂「型」の事。套路の練習には、足腰等の基本的力を鍛える、気功として、応敵技術を学ぶ、等いろいろな目的がある。一つの套路で段階的にそれらを学ぶ場合もあるし、目的別に套路がある場合もある。

○崩歩拳 螳螂門に伝わる初級套路。

○揺臂法、伸肩法 共にボクの学ぶ通背拳の基本功。

○基本功 その門派を学ぶのに必要な柔軟性や力を得るために行う最も基礎となる練習方法。


第二章 老師登場

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