民間武術探検隊-町田

 

第二章  奇行

 いよいよ講習開始だ。○○師兄は参加者を集めると円く並べた。そして張 師兄を前に出して、参加者に略歴等を紹介し始めた。  ちと、話しがそれるが、我々の協会では数年前から、練習の前後に中国風 の挨拶を導入している。  練習開始時には抱拳礼をして、「老師好」、終了時には「謝謝老師」とや る。  ちなみに、常松老師は結構これを気に入っているようだ。よそからのお客 さんが、練習を見に来た時などは、なんとなく嬉しそうな顔をして、抱拳礼 をしたりする。  そんな訳で、○○師兄は、今回の初参加者にこれを説明すると、いきなり でかい声で、「きょ〜つけぇ〜い。」(をいをい(^_^;)「れぇい」、一同 抱拳礼で、「老師好」とやったのであった。  日本武道もたしなみ、礼儀にはうるさい○○師兄ならではのやり方だなぁ。 でも、張師兄は少し恥ずかしそうだ。(^_^;(ぼくも少し恥ずかしい(^_^;ち なみに、普段ぼくらは「きょ〜つけぇ〜い。」はやらない。)  参加者のほとんどが通背は初めてな人々だったので、丁寧に基本功から説 明が行われた。  実は我々も張師兄の基本功をじっくり見るのは初めてだったので興味津々 だ。  ぼくは結構あちこちでいろいろな通背を見てきたつもりでいるが、常松老 師の通背と「ぉお〜、全く同じだだだっ!」というものには、まだ出会った 事がない。  我々の学ぶ通背は、他の通背に比べ「より小さく、速い」という印象であ る。同系統の小架式と比較してもだ。  同じ師についても、学んだ時期や、個人の体格、性格等の違いから多少の 差は生まれるのは当然で、別にそれがいけないとは思っていないが、どの辺 で変わったのかは、なかなか興味のある点であった。  そして、とうとう一番近い系統である張師兄の技術を見る機会が訪れたと いう訳だ。  先ずは基本中の基本、揺臂法、単手前揺から始まった。おっと〜いきなり 微妙に違うぞ。  我々の揺臂法は腕を真っ直ぐ伸ばしたままで行うが、張師兄のは振り降ろ す時に軽く肘を曲げ、投げ出すようにするようだ。ちょっと質問したかった が、他の参加者の手前、その場ではしなかった。とりあえず、チェックチェ ック。  その後、揺腰法、悠帯などの基本功を行い、五行掌、簡単な組み合わせ対 練などを軽く練習した。通背拳は「決め」でピタッと止める動作があまり無 く、初心者には形がつかみにくい(と思われる)。結構みんな苦労している ようで、張師兄が忙しそうにみんなのまわりを回って説明していた。  ぼくの方は、それをそばで見つつ、「おっ、これはだいたい同じ」「これ はちと違う」とかいろいろチェックしながら講習を受けた。  今回じっくり見ての感想は、一言で言うなら、「張師兄の通背は、大きく て、柔らかい」であった。  初参加者が多かったので、たいして多くの技はやらなかったが、それでも 不慣れな練習内容に参加者は疲れが出てきたようであった。そこで、休憩を 兼ねて、軽く表演を見せて貰う事になった。  先ずは、張師兄が準備運動代わりに見たことのない、いろいろの「劈」の 連環技法を始めた。「おっと〜、ビデオ、ビデオ」と急いでビデオを取り出 し、録画。  終わった後、その素晴らしさにスタンバイにするのも忘れて(つまり、録 画しっぱなしの状態(^_^;)パチパチパチと拍手。  ○○師兄から「では次に本部の方にも」と要請があり、「そうか〜我々、 本部なのかぁ」と、他人事のように思いつつ、先ずは、某師兄の判官筆。録 画しなくちゃと思い、録画ボタンを押したが、もともと録画状態だったから、 スタンバイになった。が、それに気付いたのはその表演終了後。あとで見た ら、しばらく地面が映った後、某師兄の表演が今、正に始まろうという時に 映像が切れていたのであった。某師兄、ごめんなさい(^_^;。  続いて、之師兄の明堂功、ぼくのいつもの奇形花撃炮。最後に張師兄の通 背刀。通背刀を見るのは初めてだ。  これが通背刀かぁぁ。結構長いな。でも、思った通り地味だったので満足。 (^_^)  その後、質問タイムになり、いろいろ質問を受け付けた。通訳がぼくなの で、怪しい質問になったり、期待するような答えが返ってこなかったり・・・反 省してます(;_;)。  また、「自分、格闘技の経験あって、組手の時、両足に体重、五分五分で 戦うんですけど、通背拳ではその辺どうですか?」とのなかなかナイスな質 問があった。師兄にはその通り通訳したつもりだったが、「自分は格闘技の 経験があるが、通背拳ではどう戦うのか?」と受け取られてしまったようで、 ぼくが言い終わると、質問者に向かって引手になった。  そして、張師兄のでかい身体からは想像もつかない軽やかな歩法で質問者 を追いつめ、[才率]、拍、劈、捕鼠と、正に放長撃遠の連打連打連打だだだ だっ!!質問者タジタジ、一同思わず「ぉおお〜」。質問者のカレには悪か った(^-^;が、良いモン見せてもらった(^-^) すげぇぜ、すげぇぜ>張師兄  そんなこんなで、どうにか講習会も無事終了し、夜のお食事会に突入した。  人数が多いので、○○師兄の会社の事務所を借りての宴会だ。そこは普通 の事務所のはずだが、なぜかサンドバックやベンチプレスマシン、鉄アレイ などがころがっている(^-^;。  「ホントに堅気の会社なのか〜」と思いつつ辺りを見回す。ふと机の上を 見ると「日本××(師兄の会社)剛挙児」という名刺が乗っている。「なん だってぇー、ごうけんじぃー。○○師兄、これはいったい何なんですか?」 と質問すると、「こりゃー、アレだよ。うちの会社に勤めてるヤツの名刺だ よ。」と答える師兄。「ホントですかぁ?」と疑いの眼差しで見つめるが、 「ほんとーだ」と言う。怪しいよなー。それによく見ると「剛拳児」ではな く「剛児」になってるぞ(^-^;。  そんな事をしている間に、張師兄手作りの本場民間中国料理が、次々とテ ーブルに並べられる。そして、みんなで、乾杯〜。「くぅ〜、んまいっ」。 (ちなみにアルコールのだめなぼくはジュースで乾杯。)  張師兄のンマイ手料理を頂きつつ、武術の話しに花が咲き、もう最高(^_^)。  おしっ、そろそろかな、って感じで、今日のために用意した「通背スペシ ャルビデオ」の上映会となった。  先ずは去年大連で出会った「恐い顔の夏老師」だ。公園での練習風景から 始まるこのビデオに張師兄も興味を持ったようで、「いつ撮った?」、「こ こどこ?」「これ誰?」とかいろいろ訊いてくる。そのうち、体育館で行わ れた夏老師の通背の表演になった。  起勢から数動作、画面を見る張師兄が「ぉお、五十四手だ・・・」と言った。 「な、なにぃ〜、五十四手だってぇぇぇぇぇ」「こ、これ、五十四手なんで すか?」、「対(そうだ)」。「そうだったのかぁぁ。夏老師、大サービス してくれてたんだぁ〜」と去年行ったメンバー一同びっくり。(ちなみに、 五十四手は小架式の秘伝と言われる套路)  そんな事もあって、益々盛り上がる我々。そのうち話しだけでは物足りな くなった面々が例によって暴れ出す。  あーだろ、こーだろとやりながら、張師兄にいろいろ質問。一杯入って益 々元気になった○○師兄も得意のボディランゲージを駆使して、張師兄を質 問攻めだ。  ○○師兄は一撃必殺にこだわる人で、それをメインテーマとして修行して いる。通背の数ある招法の中で打撃力ベスト3以内にランクされると思われ る「狸猫捕鼠」をしつこい位に張師兄に訊いている。  「その時の呼吸は?気の運用は?」等と難しい類の質問を「しんじん、う まく訊いてくれよぉ」とぼくに頼む。下手な中国語ではあるが、何とか張師 兄には質問の内容は通じたようであった。  しかーし、答えが高度過ぎてよくわからん(^_^;。 身振りを交えていろい ろ示してくれるが、気がどうのとかいう話しになると(?_?)である。 おへそ のあたりでなんかぐるぐるまわして・・・、みたいな説明してくれているよう だが・・・よくわからん(^-^;。  ふと気付くと、さっきまで大騒ぎしていた○○師兄がいない。どこ行った んだ〜、と思っていると、上半身裸になった○○師兄がやってきた。なんだ なんだと師兄を見ると、自分の腹を指して、「こうかぁぁー」と張師兄に大 声で言う。  見るとへその周りにマジックでぐるぐる渦巻きが描いてある。  張師兄を含めてその場にいた一同、一瞬沈黙の後、大爆笑。張師兄も笑い をこらえようとしているが、こらえきれず、それでも○○師兄のそばへ寄る と、「ぐるぐるの向きが反対だよん」と指摘する。  そこでさらに大爆笑する我々。「なんだよー。こっちは必死なんだぜー」 と○○師兄、でも、正しい事がわかったので満足そうであった。  今回、張師兄からいろいろ話しを聞くために持ってきたのは、「通背スペ シャルビデオ」と「今まで集めた通背資料(のコピー)」、「中国で発行さ れた通背本」だ。ここで、「今まで集めた通背資料」を張師兄に渡す。それ を見た張師兄は「き、きみは・・・」と、ちょっとびっくりしたような顔でぼく を見る。「いやぁ〜、マニアですから。」と言おうと思ったが、適当な単語 が思い浮かばず断念。(^_^;「通背迷」で良かったか?  実は、この通背資料が後でとてつもない「お宝」に出会うきっかけとなる のだが、この時点では、そんな事を知る由もないぼくであった。  さらに、続く。  刮目して待て! 語句解説 ○揺臂法  揺臂法は、一番最初に学ぶ基本功で、単手(前揺、後揺)、双手の三種類 がある。初心者でも単手なら前揺でも後揺でも普通はできるが、双手になる と「どーなってんの??コレ」となっちゃう人もいるようだ。慣れれば簡単 なんだけど。で、慣れないうちは、力の使い方もわからないから、大概の人 は、直ぐ肩が痛くなる。慣れると腰の回転で腕を回せるようになり、そうな ると何百回も続けて出来るようになる。 ○基本功、五行掌、明堂功、奇形花撃炮、通背刀など  通背拳紀要を参照されたし。 ○引手  通背拳の「さぁ、来い。」もしくは「いくぜっ」的な構え。散手の時は、 これから始める事が多い。 ○恐い顔の夏老師  大連(大森のじゃないよ)の労働公園で通背拳と陳氏太極拳を教えている 老師。詳しくは民間武術探検隊-再び-を参照されたし。 ○五十四手  通背門の上級套路で秘伝(とも言われる)。起勢の後、非常に特徴的な招 法(招法=技)が入り、知っている人には「ぉお、五十四手だだだっ」と直 ぐわかる。 ○狸猫捕鼠  「猫がねずみを捕る」という技。入り方に外、中、里の三種類があり、打 ち方も三種類ある。両掌を使って、相手の胸などを強打する危険な招法。熟 練すると威力は絶大。張師兄も雷台で、決め技としてよく使ったそうだ。 ○通背迷  「迷」で、〜マニア、〜好きの意味になるので、多分通じるでしょう。 ○しんじん  ぼくのこと。新井の中国語読みが「xin1jing3しんじん」 ○小架式  架式とは立ち方や姿勢の事。小架式とは全体的に技法が小さいという意味。 反対に大架式という語もある。老架式=古い、新架式=新しい、というのも ある。 次回予告  宴会終了後、張師兄宅にずうずうしくも泊まったわたる隊員だけが目にした  驚くべき通背門の「お宝」とは?! 


第三章 お宝

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