「餃子大王」の異名を持つぼくは、「大連」には何度も行った事があり、 四種類の餃子(焼き餃子、蒸し餃子、水餃子、スープ餃子)に関しては、そ の全てを制覇し、噂に違わぬ功夫の高さに満足していた。(ちなみに一番好 きなのは、蒸し餃子である) しかし、それとは別に、民間武術探検隊の名にかけて、どうしても確かめ なければならない事があった。 それは、一部関係者の間で密かに囁かれる「大連のマスターは民間武術家 である(かもしれない)。」という噂の真相解明であった。 だが、大連の餃子の功夫の高さは、広く一般庶民にも知られているので、 いつ行っても「満員御礼ウハウハ」状態であった。マスターは常に多忙で、 我々探検隊が接触するのは困難をきわめた。 しかし、遂に我々は噂の「大連」のマスターとの接触に成功し、恐るべき 真実を目の当たりにする事となったのである。
民間武術探検隊 大連(大森)の師傳(マスター) 某月某日、久々の大規模練習オフに集った「外道」達の宴会の場所は、既 に御用達の感のある、餃子の功夫で名高い、東京は大森にある「大連」であ った。総勢20名余りの関係者は、いつものように2階の席に案内された。 次々と現れる素晴らしい料理を飢えた野獣のように骨まで食い尽くす外道 達は、外道なネタで異様な盛り上がりを見せ、一人パンピーなぼくは2階が 貸し切り状態であった事を秘かに「ぶっだ」に感謝していた。 数時間後、「大連のねーちゃん」の弟が丹精込めて作ってくれている餃子 を待つ外道達は、衰える事のない外道パワー全開で、相変わらずの外道振り をそこここで展開していた。 そこへ何の前触れも無く、噂の大連のマスターが姿を現したのであった。 21時を過ぎていたので店を閉め、2階へ休みに来たようであった(しかし、 外道達の狂乱の宴は続いていたが(^^;)。 マスターは部屋の隅に行くと、ゆっくりと煙草をふかし、「今日も一日、 良い仕事をしたぜ。ふっ」という思いを噛みしめていたかどうかは知らない が、果てしなく続く外道達の狂乱の宴をぼんやりと眺めていた。 「むむ。これはチャンスかもしれない。」と思ったぼくであったが、狭い店 内の奥の方の席にいた事もあり、どうしようかと迷っていた。 そのうち「大連のマスターが民間武術家である(かもしれない)」事を知 らない大連初心者の長春八極拳使いK2氏と太極拳使いめい氏が、マスター の前で「掌による打撃の受けっこ」を始めたのであった。 それに気づいたマスターは、柱の陰から「ほほぅ」という顔をして、二人 のやりとりを見ていた。 そして、それを見たぼくは「今こそがチャ〜ンス!」と覚悟を決め、自称 「似非八極拳士」ではあるが、実は結構な使い手と見た久三郎氏、狭い通路 を三体式で向かい合う「ふぁいたー」雪月花氏と「まっく使い」呉 琢磨氏、 等々の人々を乗り越えて、大連のマスターの前へずんずんずんと向かってい ったのであった。 大連のマスターの前に歩み出たぼくは「師傳(しーふ)は武術をなさって いらっしゃるとお聞きしたのですが・・」と恐る恐る中国語で話しかけた。 大連のマスターは日本語が出来るはずであったが、過去の経験からそうい う場合でも、中国語で話しかけた方が良い結果に繋がる事を知っていたので、 怪しい中国語ではあるがそれを用いた。 一瞬びっくりしたような顔をしたマスターは「いや、できないよ」と、と ぼける。 「民間武術家は秘密主義である」事は熟知している。しつこく食い下がるぼ く。 「少林拳をしていたと聞いていますが。」すると、渋々「ああ、少林拳を少 ししていた」と遂に語ってくれたのであった。やりぃ (^^)v。 しかし、中国人は、例えば「螳螂拳」をやっていたとしても、パンピー日 本人には分かるまいと思って、比較的有名な「少林拳」を使う事が多い。 そこで、「大連には秘宗拳とか、通背拳とかいろいろありますよね。師傳 は少林拳とおっしゃいましたが、秘宗拳ではありませんか?」と探りを入れ る。 「いや、違う。ただの少林拳だ」と言うマスター。 (ふ〜ん、じゃあ、そうなのかな。しかし、なかなか話してくれないな。仕 方ない次の手だ。) 「実は、ぼくは通背拳を学んでいます。」と言うと 「ほう。どこで、誰に習ってるんだ?」 とマスターが聞いてくる。(よしよし) 「東京で常松という人に習っています。」 「ちゃんそん(常松)か?」 「はい、ご存じですか?」 「ああ、知っている。ちゃんそんも俺の事を知っている」(よっしゃぁ) 「ちと、手を見せろ」と言うマスター。 右手を見せると何やら触って確かめている。左も見せろと言うので見せる。 そばにいたK2氏も手を見せた。 「まだまだだな」と言う顔をしているので、「鉄砂掌はしていませんが・・」 と言うと、 「いや、違うんだ」と言って、今度は「拳を握って見せろ」と言う。 とりあえず、平拳(所謂普通の正拳)をして見せると 「だめだ。それでは人は殺せない。」と言う。 (ぉお!)(じゃあ、これは) と透骨拳(通背拳の鑚拳で使う握り方)で握って見せるが、「だめだ」と言 う。(これもだめかよ。じゃあ、これでどうだだだっ)と裏(暗)の透骨拳 の握りを見せるが、やっぱりだめだと言う。 だめだと言うばかりで、教えてくれないのも「秘密主義的な民間武術家」 によく見られる傾向である。 そこで、だめもとで「では、どう握ったら良いのですか?」と聞いてみる。 すると意外にも「こうだだだっ」と拳を握って見せてくれたのであった。 それは長春八極拳の「把子拳」に似た拳の握り方であった。長春八極の把 子拳は人指し指から小指の方に行くにしたがって握りが開いていく(違って いたら、フォローしてね(^^;>長春八極関係者)。しかし、マスターの握り は小指側に開いてはいくが、その度合いは少なく、平行に近いものであり、 指先は全て指の付け根部分に当たるようになっていた。 そして、「これをこう使うんだだだだだっ」と言って、数種類の用法を示 してくれた。第二関節を相手に当て、さらにそこから拳を握り込んで突く方 法、掌根部分で打つ方法、拳背部分で打つ方法等である。 そして、その握りで永年に渡って練習を続けると、指の付け根部分にまめ ができるようになるそうである。さっき手を見せろと言ったのはそれを確認 するためであったのだ。 だんだん興が乗ってきたマスターは「実戦ではこう立つんだっ」と言って 構えをとる。 「丁字歩で立ち、重心は前でもなく後ろでもない。相手にわからないように する。」「身体は半身にし、前の手で相手の攻撃を捌く。」等々、身振りを 交えいろいろ見せてくれる。 「一番強い中国武術はこの少林拳だ。でも、太極拳を10年したらもっと強く なる。一見ゆっくりな太極拳だが、実は危ない技ばかりだ。」と頑固で生粋 な民間武術家らしい発言等もあったりした。 この頃には、似非ぷよ氏(フルコン少林寺)等も話しに加わっていて、み んなでいろいろマスターに質問をしていた。 最初の頃、秘密主義的だったのが嘘のように、マスターもますますのって きて「突いてこい」とか「掴んでみろ」とか言って、技をかけてくれたりし ていた。遠慮無く「良い突き」を繰り出す似非ぷよ氏の猛攻をものともせず、 軽くさばいてしまうマスターは本物の民間武術家である。 そのうち、そばにいた桜子嬢(新体道)と中原嬢(竹之内流柔術)を見る と「こういう、かよわい女の子達は擒拿をすると良い。」と言って中原嬢を 呼び、擒拿を伝授していた。桜子嬢と中原嬢が「かよわい」かどうかはパン ピーなぼくには知る由もないが、「ふむふむ」と思って見ていた。 その後は、外道パワー溢れる似非ぷよ氏に「思いっきり手を握れ」技や、 「指わっか破り」技等を披露し、マスターの前には「指わっか破り」技を体 験したい人々の列ができたりした。 こうして我々は美味しい料理だけでなく、マスターによる「楽しい武術講 座」をも堪能できたのであった・・。謝謝、師傳。 また一人の素晴らしい民間武術家に出会う幸運に恵まれたぼくは「幸せ気 分」で大森の大連を後にしたのであった。 (終わり) 語句解説 ○外道 ここで用いられる「外道」は本来の意味とは多少異なる。 主に武術修行者である彼らは、如何なる地においても練功を欠かさない。た とえそこが、駅のホームであろうと、電車の中であろうと、日本の避暑地、 軽井沢駅前であろうと、さらには新宿東口の交番の前であろうと、人目を気 にせずあばれるのである(その状態をアバレンジャーとも言う)。 まぁ、一言で言うなら、武術好きで陽気な仲間たちと言ったところか(^-^;ホントカ ○大連 大連出身の三兄弟の一人が経営するお店。東京都大田区大森にある。餃子を 始め、んまい料理が庶民的な値段で、おなか一杯食べられる素敵なところ。 ちなみに三兄弟の他の二人も中華料理屋を開いている。 ○パンピー 「いっぱんぴーぷる」のこと。最近までこの単語を知らなかったぼくは「キ ミの知識は偏っているからな」と言われた。 ○似非ぷよ フルコン少林寺出身のガタイの良いパワフルな男。中国武術も学ぶ。その突 きは結構遠慮が無かったりする。 ○大連のねーちゃん 我々が2階で宴会をする時、たいがい担当になる。話し出したら止まらない タイプ。時々、仕事はいいのか?と思うほどよくしゃべる。 ○大連のねーちゃんの弟 大連のねーちゃんの弟。餃子包み担当。結構おたく。我々が店に入るのを確 認すると、血相を変えて餃子を包む。我々がちょ〜餃子を消費するのを熟知 しての行動である。今までに「もう、餃子はありません」と言われた事も度 々。最近は行く前に予め「餃子300個、お願いします」とか申告している。 信頼できる情報筋から「最近、専任の餃子包み職人を二名追加した」という 喜ぶべき情報が寄せられている。 ○透骨拳 通背五行掌、鑽拳の時に使用する握り方。主に点穴に用いる。実は二種類の 握り方があり、普通のは「普通の相手」に使い、裏は「イヤな奴」に使う。 民間武術探検隊 わたる
大連の師傳と痛めつけられる似非ぷよ(撮影:タローさん)