民間武術探検隊

通背の郷

 

 老練な民間武術家の表演を見る機会はそうそうあるもんじゃない。
 各地の民間武術家が一堂に会した今回の交流会はとても貴重な大会であった。
 

 

第八章 表演会

 

 さて、大会である。正式名称は「’97”超賽得”杯 大連第三届国際武術交流大会」名称からもわかるように「交流」を目的とした大会で、細かいことはあまり気にしない(コトが後でわかった(^-^;)。少年組(17歳以下)、成年組(18〜54歳)、老年組(55歳以上)に分かれ、拳術、器械、対練を競う。民間系伝統拳な人も体育学院系規定拳な人もみんな一緒に仲良く表演する。でも、どちらかというと民間系が多く、「観摩交流会」的色彩が濃い大会である。故に参加者のレベルも様々。そして「国際」であるので、外人(含む我々)もいるのだ。大会は、審判数名が得点をつけているようではあるが、発表はしない。規定時間も特に決まっていないので、あっという間に終わる人もいれば、5分以上やっている人もいた(但し、太極拳だけは規定時間があり、残り何十秒かになると「ピー」と笛を鳴らしていた)。

 『通背海の家』最終日、大会パンフをもらった我々は、自分の出番や未だ見ぬ謎(?)の民間武術家のチェックをしていた。抜かりはないぜ。「ぉおー、結構デカイ大会じゃーん。外人民間武術家もいっぱいいるしー。ほー、最初に各隊の代表の表演かー。日本はー、と。おーいきなり2番目に桑原さんじゃーん。アレ?もう一つ日本があるなー。」と名前をみると、『日本代表隊 新井亜男』と書いてある。ダレだ?<亜男「ん?もしかして、コレぼく?聞いてないんですけど(^-^; 」表演種目を見ると「通背拳 1分」となっている。どうやらぼくのようである。「新井亘 男」が「新井亜男」という名前になってしまったようである(^-^;隊員からは「わーい、あらい『わたお』だー」と小学生レベルのツッコミを受ける。(しかし、「亜男」は「わたお」とは読まないと思うぞ。)ざっと見たところ、長拳、少林拳、羅漢拳、南拳、秘宗拳、螳螂拳、通背拳、八極拳、形意拳、八卦掌、地功拳、などなどなど有名どころは一通りある。螳螂拳は「八肘、乱接、翻車、白猿出洞」となぜか套路名で出ていて、ぉおーって感じ。しかも、「八肘!八肘!八肘!」とあの幻の八肘拳が三連続なのは、螳螂拳マニアならずとも、よだれモンだだだっ!この八肘拳三連続は、張福洲老師一門である。噂に聞く八肘拳は上中下の三つに分かれているとか(四つのところもあるらしいが)。ということは、その三つ全てを余すことなく表演してしまうということなのかかかかかっ!なんて太っ腹。もってけ、ドロボー!さて、我々通背モノとして気になるのは、やはり通背。見ると4人が通背でエントリーしている。うち2名は之師兄とぼく。つまり残り2名が謎の民間通背拳家である。プログラムによると、謎の通背拳家1、ぼく、謎の通背拳家2、之師兄の順だ。間に挟まれて、ちょっちイヤかもしれないが、仕方あるまい。なるようになる。あと気になるところでは、器械部門の判官筆。2名がエントリーしているが、そのうちの一人は謎の通背拳家1。となると、通背判官筆の可能性あり。う〜む、結構、ワクワク(^.^)

 16日早朝、民間車に分乗して、会場である大連西崗体育館に向かう。着くと会場入り口近辺は、もーすごい人だかり。門を入ると子供からじーさんまで民間武術家だらけで、すげー熱気。「これから大会なんだなー」と初めて実感がわいてくる。きょろきょろしているといきなり見覚えのある民間武術家を発見!!背が高くがっしりした体格の民間武術家。そう「山東省の民間武術家は背が高い」の太極螳螂門の張福洲老師である。なつかしー。「おひさしぶりですっ!」とカタイ握手を交わし、「アレから5年かー、早いなー」とかいろいろ話す。「ぉお、そーだ。かれらを紹介しよう」と言って紹介されたのが、なんと外人(ぼくらも外人って言えば、外人だけど)。イタリア人で張老師から螳螂拳を学んでいるそうな。「あんとねーろ」とかいう人がいた。(ほかの人の名前は忘れた(^-^; )すると突然「いたりあーの、なんとかーの(形容すらできないが、イタリア語)」と話しかけるB隊員。あんとねーろも最初びっくりしていたが、直ぐににこやかな笑顔で「なんとかーの」と話し始める。驚くぼくらをよそにB隊員とあんとねーろ達はしばらく談笑を続ける。あとでB隊員にきくと「いやぁー外国語が趣味で、ちょっとね」とか言ってた。カッコイー。

 そんなこんなで体育館に入る。中には、すでに観客も結構入っていた。ぼくらは体育館中央、通路そばに場所を陣取り、荷物を置くと、揃いの大会Tシャツをビシッと着用し、入場行進のため一旦体育館から出た。外にはチーム別のプラカードを持った民間キッズが立っているので、そこに並ぶ。しばらく待って、入場。プラカードを持った民間キッズに付いて体育館に入る。ばかでかいレイの曲に合わせて行進。なんとなく気恥ずかしい感じ。体育館をぐるりと歩いて整列。観客も満員に近いくらい入ってる。入場行進のレイの曲もやみ、開会式。こんな感じひさびさ。ちょっち気が引き締まる。常松老師とかが挨拶をする。もちろん中国語。日本だとこーゆー場合、挨拶が終わった時に、ぱちぱちと拍手だが、中国だと話しの合間、合間に山場があるようで、その都度拍手が入る。話す人が拍手が欲しいところで、一息つく感じだが、ぼくらには、タイミングが結構難しい。開会式も終わって、席に戻ろうかと思っていると、直ぐに各隊代表の表演が始まった。出る人は準備しろとか言っている。そんな直ぐに始まるとは思ってなかったので、まだナニも用意してないぞ。とりあえず、表演服だけでも、と大急ぎで席に戻る。桑原さんなんて2番めで、もーすでに間に合わない状態(^-^; とにかく大急ぎで着替えて、集合場所へ向かう。ゼェーゼェー結局、桑原小姐、2番めに間に合わず、ちょっと後回しに。ぼくはもう少し後。試合は会場を三つに分けて行うが、各隊代表表演は体育館ド真ん中で観客の全ての視線が集中する。結構キンチョーするかと思ったけど、慌ただしく着替えたりしてたせいか、そんなでもない。会場を見回すと、なんと、李老師達、海の家の人々が応援に来てくれているではないかっ!しかも最前列。ぉおおおーし、やるぜぜぜっ!と気合が入る。(でも、李倩は来てなくて、少しガッカリ)そうこうするうち、桑原小姐の出番。演目は趙玉祥老師直伝、八卦掌。堂々とした表演でなんだか「デカク」見える。流石、主婦!(関係ないか(^-^;)そして、いよいよボクの出番。名前呼ばれて体育館の真ん中へ進む。正面の偉そうな人々に向かって、抱拳礼。そして、振り返って、李老師に向かって抱拳礼。一度深呼吸をして開門式、そして引手。そこからはもー、疾風怒涛の勢いで(自分の気持ちとしてはね(^-^;)連打連打連打だだだっー!終わって抱拳礼をした時でっかい声で「はぁお!(*註ぁに濁点)」と李老師が言ったのが聞こえた。その後、だーっと拍手もらってちょっち嬉しかった。ふぅ、どーにか間違えずにできたぜ。席に戻ると「姉弟子」に「とても良かったぞ」と言われて(^-^) 。民間な人にほめられると、お世辞でもうれしいぼくであった。そして、とりあえず次の出番までは、お気楽観戦モード。ビデオを回し、隊員達といろいろだべりながら観戦。最初はキッズ組の試合。キッズ組の表演はウマイんだけど、ぼくらにはちょっち物足りない。やっぱアダルトな味がないとね。ぼくらの席の前には黒龍江省の代表チームが席をとっていた。彼らも揃いのTシャツを来ていた。そのTシャツは背中に「熊肝酒っ!」という怪しげな文字が「どーだ」とばかりにデカデカとプリントされていた。スポンサーの一押し商品名か何かだとは思うが「精」のつきそうなTシャツであった。当然彼らは、ボクらの間では「熊肝酒(くまぎもざけ)軍団」と呼ばれた。彼らの表演が楽しみである。

 そろそろ出番が回ってきそうなので、玄関そばの集合場所へ向かう。選手がところかまわずウォーミングアップしていてすげー状態。しかも点呼とる人は中国人で中国語。係員っぽい人のそばで聞き耳を立てる。適当に人数をわけ「組」を作って、その単位で行っているようであった。ぼくは他の隊員と違う組になってしまった。螳螂の張老師とも違う組になってしまったので、直接、八肘拳三連発は見られないかもしれない(結局、生では見られなかった(/_;) )しかし、幸か不幸か、謎の通背拳家1及び2とは同じ組であった。待つ間、謎の通背拳家を観察する。おっとー、伸肩法。比較的似てるかな?これは表演が楽しみかもしれない。話しかけようかな、と思ったが、試合前なのでやめておいた。ぼくも軽く動いて準備する。なんだか順番の関係で之師兄の組みのほうが先に呼ばれて会場に入っていった。しばらくして、ぼくらの組が呼ばれた。みんな集まってくる。謎の通背拳家1と2が「並び順はどーだ?」とか話してる。2の人が「オレはこの『師傳』の後のハズ」とぼくのコトを言ったので「えっ、ぼくは『師傳』じゃないっすよ」と思わず中国語で言ってしまった。すると2の人はちょっとびっくりして「日本人なのに中国語できるのか?」と話しかけてきた。「いや、むかしちょっと勉強しました。」と少しだけ会話を交わす。そのうち係員が点呼をとりはじめた。「しんじんふん」とやっぱり間違った読み方で呼ばれるが、元気良く「だぉ!(=到「はい」の意味)と返事をする。ぼくは最後から2番目であった。全員揃った所で体育館に入場。一番端の場所であった。

 審判団の中にぼくの大好きな秘宗門名師『于布君』老師がいたのであるが、ぼくの組みとは違う組みの審判で少しがっかり。でもガンバル。ぼくは組みの中で、最後から2番目なので、椅子に腰掛けて出番を待っていた。だんだん出番が近づき、ぼくの前の謎の通背拳家1の番になった。この人の伸肩法は、比較的ぼくらのものに雌ツ竄「たので、期待して見る。開門式から、引手。おお!似てる!..が、「ふん!」と言うと髪を振り乱しながら、なんとも言えない、変わった通背。柔らかいと言えば、柔らかいかもしれないけど、なんとも妙。しかもやたら長い。5分以上していた。「おまえ間違って途中、やり直したんじゃないの?」と思うほどだった。後から始めた、違う組みの之師兄の明堂功の方が早くおわってしまったほどだ(明堂功はかなり長い套路)。ぼくは通背だから、長くても2〜3分と思い、いまかいまかと横でスランバっていたのだが、結構、精神を消耗してしまった。やっと謎の通背拳家1の謎の通背拳が終わり(この間、何度も呼び出しねーちゃんに「しんじんふん、じゅんべい(新井亘準備)」とあいかわらずの間違い発音で名前を呼ばれてしまった)やっとぼくの番がきた。審判に抱拳礼をして、気持ちを落ち着かせる。代表表演では、なぜか時間を気にして(1分以上しなくちゃと思って。点をつける表演じゃないからぜんぜん関係ないのにね。しかも採点するほうでも関係なかった>表演時間)Maxスピードに達していなかったので、今度はスピード重視で行くつもりであった。開門式から引手。ちょい一息入れて、あとは連打連打連打だだだだーっ!でも、そのせいか揺身膀が小さくなってしまった。ヤバ、王師兄がまた怒るぜ。自分の気持ち的には、代表表演の時のが良くできた気がした。でも、まぁ、なんとか終わって気は楽。直ぐに、次の謎の通背拳家2の表演が控えていたので、そのまま会場に残る。謎の通背拳家2は、いきなり鑽拳から入る変わった套路。しかし、全体の構成はぼくのやったのと驚く程似ている。なぜだ?

 我々隊員全員の表演が終わったので、王師兄に報告に行く。今回の表演の方が不出来だったので、「しゅ、しゅみませーん」とあやまると、以外なことに「今回の方がよくできたぞ」と王師兄。しかし、案の定、揺身膀は怒られた(^-^;

 それからあとは、再び観戦モード。いろいろな民間武術家の表演を「熊肝酒」越しに見る。そろそろ見るのにも疲れてきたかなーと思い始めたそんな時

「さっき通背拳をやったのは、おまえか?」と背後で声がした。

 振り返ると見知らぬ男が立っていた。

 

 「第九章 謎の漢(おとこ)たち」に続く

 

 語句解説

○桑原さん
 趙玉祥老師門下、北海道在住の主婦、桑原八重子女史。見た目かなり若い。旦那さんも武術する人。桑原さんもパンフの名前が凄かった。『桑原人金子』こんな名前の日本人はいないだろ(^-^;

○謎の通背拳家1
 山東省は煙台の李国澄。その師は大連通背名家「通背三亭」の一人、王耀亭(庭)
「通背三亭」とは、大連にいる名前に『亭』の字がつく三人の通背拳名家のこと。もちろん我らが師爺、于少亭もその一人である。于少亭、王耀亭共に、修剣痴の弟子であるが、なんでこんなに風格が違うんでしょうねー。

○謎の通背拳家2
 山東省は煙台の遅維亮。ぼくのやった奇形花撃炮(改)と套路の構成、含まれる招法など、かなり似ていた。少し話しをしたが、気のいいおじさん、って感じ。

○判官筆
 元々は八卦門の器械であったようだが、通背判官筆として伝える人もいる。于少亭門下では八卦判官筆として学ぶ。

○レイの曲
 中国の大会で決まってかかる曲。題名は知らない。日本の表演大会でも審判の入場の時とかに使っていた気もする。

○師傳
 先生くらいの意味かなぁ。自分の先生には「師父(発音同じ)」を使う。

○揺身膀
 身体を左右に揺すって斜めに進みながら打つ招法。常松老師のは動きがとても小さいが、王師兄のはデカイ。

アントネーロ
 漢字で書くと「安東奈洛」。螳螂拳大好き、陽気なイタリアン。


 次章予告

 突然現れた謎の漢(おとこ)たち(民間武術家)

 会場裏、引手で相対するわたる隊員とふてぶてしい顔のおとこ
 隊員間に走る緊張

 S隊員は語る「あの時、わたる隊員、ヤルのかと思いましたよ」

 

 刮目して待て!次章「謎の漢(おとこ)たち」

 

 1998.05.26 民間武術探検隊 わたる

 

第九章 謎の漢(おとこ)たち

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