民間武術探検隊−大連を行く−

第二章 白い服の男

     翌五月一日早朝、探検の準備をして、集合場所に向かう。他の隊員達も集まって     きた。      今回修行年数の浅い隊員が数名いたが、集合時間に遅れてきた。いかん。早起き     は民間武術探検隊にとって基本中の基本である。遅れる隊員は容赦無く置いていっ     てしまうのが、我々民間武術探検隊の厳しいおきてだ。      しかし、今回は待った。それは五時をまわっても、例の髭の男とすっきり顔の男     が現れなかったからだ。う〜む。時間を間違えたか。そう言えば最初は五時半とか     言ってた気もするな。隊員の中から「行っちゃおうぜ。行っちゃおうぜ。」との声     もあがるが、とりあえず、三十分は待つ事にした。その間、各隊員は探検に備えて、     それぞれ身体を動かす。      五時半になるとようやく髭の男とすっきり顔の男が現れた。よし、出発だ。我々     民間武術探検隊は、足取りも軽やかに労働公園へと向かう。公園に着くと髭の男が     先頭に立ってずんずん進んで行く。頼りになる男だ。      途中、何人か武術っぽい練習をしている民間人を見かけるが、髭の男は「あんな     の眼中に無いもんね〜。」てな感じでずんずん進んで行く。しかし、かなりずんず     んした我々一行だが、お目当ての通背使いの民間武術家が練習する所には、一向に     たどり着かない。「もしや、この髭の男、全然当ても無しに、ただずんずんしてい     るのでは..。」と嫌な予感が脳裏をよぎる。隊員達もそう感じ始めたのか、とりあ     えず髭の男に従ってずんずんしてはいるが、皆、一様に無口になってきている。      しかし、そうやってしばらくずんずんすると、怪しげな建物のそばで、揺臂法を     している白拳法着の男を発見した。探検隊一同、「あれ、通背じゃないか。」「揺     臂法だよ〜」「遂に発見かっ?!」と大騒ぎで立ち止まって見ていたが、髭の男は     やはり「あんなの眼中に無いもんね〜」てな感じでずんずん行ってしまったのだ。     我々としては非常に気がかりではあったが、髭の男にも考えがあっての事だろうと     思い、彼について、またずんずんを始めたのだった。      そうこうするうちに、広い労働公園をもうすぐで一回りしてしまう所に来てしま     った。すると髭の男とすっきり顔の男は「もう一周するか。」などと話しを始めた。      なにぃ〜。やっぱり当てもなく、ただずんずんしてただけだな〜。確かに通背を     練習している所に連れて行ってくれるとは言わなかったけどさ〜。それはないよな〜。     も〜う。と思ったが、好意で案内をしてくれているのには違いないので、文句を言     う訳にもいかない。もちろん、こんな長い文句を適切、かつ流暢な中国語で言う語     学力は、ぼくには無い。      その時である。昨年の探検に参加した隊員が「去年見かけた通背使いは、このそ     ばで練習していた気がする。」と言い出した。「よし、そっちに行こうぜ。」とい     う事で彼らの記憶を頼りに、去年の通背使いを探したが、残念ながら練習場所が変     わったのか、或いは、単なる気のせいだったのか、そこに通背使いは居なかった。      こうなると、さっき建物のそばで見かけた白拳法着の男が気になる。我々は大急     ぎでさっきの場所へと引き返す。まだ練習していてくれよ〜、と半ば祈るような気     持ちでさっきの建物にたどり着くと、果たして、まだ白拳法着の男はそこに居たの     であった。さらには数名の民間武術家らしき人物が、そばに集まっている。      ほっと胸をなで下ろす我々探検隊一同。と、その時、その白拳法着の男は「劈」     を始めたのだ。もう、間違いない。この男は通背使いの民間武術家だ。      我々はその白拳法着の男に話しかけるべく、その集団に向かってずんずんをはじ     めたのである。      (続く)      語句解説      ○揺臂法        通背拳の基本功の一つ。脱力して腕をぐるぐる回す練習。腰の回転で腕を        回すようにする。片腕で行う「単手」と両腕同時に行う「双手」があり、        単手は上から下へ回す「前揺」と下から上へ回す「後揺」がある。双手は        前揺と後揺を同時に行う。他の門派でも行うが、通背門では特に重視する。      ○劈        通背五行掌の内の一手。劈には数種類があるが、この時、白拳法着の男が        行っていたのは、最もオーソドックスな「正劈」。掌を頭上から切り裂く        ように、下へ打ち下ろす。


第三章 恐い顔の男たち

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