民間武術探検隊−大連を行く−

第四章 表演会

     今回の探検には、本場民間武術家との交流・表演会が予定されていた。これは     常松隊長の働きかけに賛同してくれた民間武術家とのものだ。      日本にいる時から、その話しは聞いていて、交流のために我々にも「表演せよ」     との命が下っていた。ぼくとしては通背拳を表演したかったのだが、通背拳は之師     兄が「奇形花撃炮」をする事に決まったので、「わたるさん、秘宗拳ね。」と常松     隊長に言われていたのだ。      秘宗拳は、以前ほんの少し習っただけで、まだ套路も最後まで終わっていなかっ     たが、訪中一ヶ月前から特訓を受け、どうにか順番は覚えたかもしれない状態だ。     「体育館での交流である」と聞いていたので、「まあ、ぼくの下手っぴな表演が、     交流のきっかけにでもなればいいや。」と思い、練習をしてきた。      しかし、大連に来てから判明したのだが、その「交流・表演会」、我々が考えて     いたレベルのものではなく、かなり大規模なものであったのだ。「ヤバイ。もっと     練習してくればよかったぁ。」と思っても、後の祭り。昼間はその交流会の準備で     忙しくて、全然捕まらなかった常松隊長を夜になってようやく捕まえ、ホテルの廊     下で、表演者それぞれ套路を見てもらう。「だいたい、良いよ。でも、コウして欲     しいね。あと、よく目つかってね。」と隊長自ら、動作を示す。うっ、速い。凄い。     全然、ぼくのは「だいだい、良くない。」だ。      常松隊長の動きは、速い中に緩急があり、ここぞという時には、さらに加速する     動きだ。我々の動きと比べる方が間違っているが、全然別物だ。      明日の表演会がとても不安になってくる。しかし、お気楽極楽なぼくは、「まあ、     順番間違えずに精一杯やればいいや。」と、すぐにに開き直った。      そして表演会のプログラムを見ていると、な、な、なんと、「大連代表隊 夏     重規 通背拳」の1行が目に入った。「をを!!こ、これは、あの公園の生粋の     恐い顔の通背使いの民間武術家だだだっ。」これは見逃せない。さらに外国人留学     生の通背拳の表演もある。いいぞ、いいぞぉ。      翌朝、我々はバスに乗り込み体育館に向かう。その体育館はコートを挟み、割と     広い観客席がある。我々は最前列の席を確保してもらっていた。早速この探検のた     めに購入したビデオをセットする。      そのうちだんだんと老若男女様々な民間武術家と思しき人々が集まってくる。し     ばらくすると、何やら出場者は入場行進をするとかで、体育館の外へと連れ出され     る。      をを、いるいる。若いのやら若くないのやらが、一杯だ。これがみんなするのか、     すげえな。      そうこうするうち、開会の時間になり、中へ入り整列する。いつの間にか観客席     は民間人で一杯だ。常松隊長が開会の挨拶をしている。テレビ局も来ているようだ。      そして、いよいよ表演会が始まった。最初は民間子供の表演だ。長拳系の表演が     続く。      夏老師はまだか。早く大連の通背拳が見たいぞ。      途中、硬気功の表演も行われた。瓶を頭で割るやつだ。観客は大歓びである。し     かし、我々は大連の通背拳が見たいのだ。まだか、まだか。      そして、遂に謎の民間武術家、恐い顔の夏重規老師の登場となった。朝の練習で     は通背拳はほとんど見られなかったが、果たしてどんな通背拳を見せてくれるのか?     隊員達の期待はいやが上にも盛り上がり、熱い息遣いが聞こえてくるようだ。ビデ     オを持つぼくの手にも汗がにじむ。      抱拳礼をして表演が始まる。ゆっくりした起式から引手だ。をを!!我々の通背     と同じだ。      そして次の一瞬...。大きく後ろに反り返るような動作。そして多分捕鼠。違う。     違う。我々の通背とは違う。三合炮もある。退歩猿猴入洞もある。しかし、我々の     通背とは違う。動作が必要以上に大きいのだ。猿猴入洞などはまさに猿の動きであ     る。恐らく隊員の誰もが、我々とほとんど同じ通背拳を見られると思っていただろ     う。      しかし、目の前で演じられる通背拳は風格があまりにも異なる。確かに、柔らか     く、放長撃遠の素晴らしい功夫の感じられる表演ではある。でも、我々のとは違う     のだ。夏老師のは大架式なのか?それにしてもまさかこれ程違うとは思いもしなか     った。      我々のそんな思いをよそに、民間武術家の表演は次から次へと行われた。      午前の表演の部が終了し、午後の比賽が始まった。我々はここでの表演だ。見た     感じ長拳系の自選拳も民間の伝統拳も一緒に表演だ。      裁判員は三人。常松老師とは秘宗拳で同門で、よく一緒に対練をしたという于布     君老師もその一人だ。      ぼくはこの于老師のファンである。とても素晴らしい老師である。いつか機会が     あれば秘宗拳を習ってみたいと思っている。      その于老師の前で稚拙な秘宗拳を表演するのは、とても恥ずかしいが、今できる     最高の表演を見てもらおうとがんばった。      表演を終わり于老師に抱拳礼をした時、ぼくの方をしっかりと見て、うなずいて     くれたのがとても嬉しかった。      この比賽で通背拳は四人が表演した。夏老師と之師兄と留学生と表演用通背の男     女だ。之師兄は常松隊長直伝の祁氏通背小架式。素晴らしい表演だった。      留学生はなんと白人女性。夏老師の通背に近いが、我々のものにも似ている。相     当よく練習しているようで、なかなかの腕前と見た。      表演通背男は一瞬たりともパチパチしない事のない通背だ。これほどまでにパチ     パチするのを見たのは初めてだ。観客には受けが良かったようだが、後で話しをし     た民間武術家で彼の表演を誉めた人はいなかった。あのパチパチ何の役に立つのか     な〜と某隊員に話しをしたら、排打功じゃない、との事。なるほどね。それにして     は軽いけど。      やはり、「これぞ、民間の伝統武術だだだっ」という方がぼくは好きである。そ     ういう表演をした民間武術家もかなりいた。見た事のないような拳法でも、その人     が時間をかけて一生懸命練習していると(=功夫)見ればそれがわかる。そういう     のが嬉しい。そういう嬉しい表演もたくさん見る事ができた。      期待していた夏老師の通背拳であったが、我々のものと随分異なっていた事によ     り、隊員間で朝の公園の練習に行こうという気運は薄れてしまった。      翌朝、隊員達は個人で通背を練習したり、安天栄老師に八極拳を習っていたりし     ていた。      ぼくは一人、装備を整え、労働公園へ向かった。      西門をくぐると、あの場所で夏老師一門が練習をしている。少し離れてその練習     を伺う。しばらく見た後、労働公園を他の民間武術家を求めてさまよう。      思えば広い中国の中でも、一握りしか居ない素晴らしい民間武術家に出会うのは、     並大抵の事ではない。やはり夏老師は気になる民間武術家である。明日はもう帰国     だ。明日こそは夏老師に話しかけてみよう。      民間油条屋から一本三毛で買った二本目の美味しい油条を食べながら、そう秘か     に決心したのであった。      (続く)      語句解説      ○長拳       一口に「長拳」と言っても、様々な意味がある。少林拳系(主に中国北方に       伝えられる、動作が大きく、伸びやかな突き、蹴り、激しい跳躍動作などを       含む)の武術を総称する場合もあるし、近年、競技武術として制定された規       定套路(動作が決められている)を呼ぶ場合もある。      ○表演大会       体操競技のように10点満点の点数を付けて競う「表演比賽」と点数は付けず       金銀銅賞(大抵、一人ではなく、複数の人が受賞する)を決める交流会的要素       の強い「観摩交流大会」がある。前者は体育学院やクラブのような所で練習す       る若者が多く参加し、後者は、民間で練習する子供から年寄りまで様々な人が       参加する。      ○自選拳        表演大会で套路を表演する時、自分で好きな技を組み合わせて、新たに創作        した套路を競う種目がある。自選拳に対して伝統拳がある。      ○伝統拳        伝統拳はその名の通り、昔から伝えられてきたままの拳である。しかし、伝        統拳にも二通りの意味があって、少しややこしい。二つとは、「民間の伝統        拳」と「表演の伝統拳」である。民間の伝統拳は、各地に連綿と伝えられて        きた伝統武術で、系統や修行者によって風格も様々。一方、表演の伝統拳は        民間の伝統拳を基礎としながら、表演会用に改変されたもの。伝統拳の規定        拳も存在する。また、規定拳とまではいかないが、表演大会で評価の高い、        一種の雛形のような套路があり、多くの人は似た風格になる(そうでない人        もいるけど)。      ○パチパチしない事のない        通背拳では「劈」や「袖里蔵花」などの動作を行う時、手、脚、身体等を叩        いて音を出す事がある。これは音を出すのが目的ではなく、当てる手を仮想        の敵としたり、技の切り返しを速くするといった目的があり、それをした結        果、音が出る。しかし、見栄えを良くするために、全然必要性の無い動作で、        音を立てる事を目的にしているとしか思えない事をする人もいるようだ。      ○硬気功        気功の練習方法として、或いは練習の成果を試すために、煉瓦や自然石を素        手や頭で割ったりするもの。      ○抱拳礼        右手を拳にし、それを左掌で包み、胸の前に差し出す「礼」の仕方。中国の        武術映画などで、よく目にするアレである。もともとは、革命戦士が、右拳        を「日」、左掌を「月」として「明」を表し、「反清復明」を意味するのに        使ったとか言われている。間違って右拳と左掌を逆にするとヤバイらしい。        「命賭けて、おまえと闘うぜ」という意味になるそうだ。      ○引手        祁氏通背門小架式で多用する『構え』の事。順歩(前に出た手と足が同じ側        の事)も拗歩(前に出た手と足が反対の事)もある。立鶴×項、当××手と        も言うんだけど、日本語に無い漢字で書けないっ(/_;)。      ○捕鼠        通背門に伝わる招法の一つ。正式には「狸猫捕鼠」。個人的には好きな招法        で、威力も通背門ベスト3に入ると思っている。「猫がねずみを捕る」の文        字通りの動作だ。      ○猿猴入洞        通背門の招法の一つ。主に防御に用いる。      ○功夫        もともとは「時間」と言う意味。それが転じて、長い時間、正しい修練を積        んで得た実力を「功夫」と言う。用法は「あいつは功夫がある」とか、「あ        いつの功夫はまだまだだ」とか。ちなみに発音は「gongfu ごんふ」が正し        い。中国人に「クンフー」と言っても、多分通じない。「カンフー」では、        なおさら通じないと思う。      ○八極拳        「拳児」と「バーチャファイター」によって、日本で一番有名になった中国        武術。流派もいろいろある。HPもわりとある(通備八極、長春八極、孟村        八極を確認)。      ○于布君老師        常松老師が、秘宗拳修行時代によく一緒に対練をしたという人。とても良い        人。ぼくの大好きな老師。でも、話したことはほとんどない(/_;)。      ○安天栄老師        八極、秘宗、八卦など、いろいろな武術ができます。とても、豪快な方でお        茶目であったりします。バレーもできます。多才な方です。      ○油条        中国の朝の定番。揚げパンの一種で、ちょ〜〜美味しい。これさえあれば、        他には何も要らない(朝はネ)。中国人はこれと一緒に豆乳のようなものを        飲むが、そっちは要らない。発音は「ようてぃぁお」。      ○三毛        中国のお金の単位。大きい順に元、角、分があるが、口で言う時は、なぜか        塊、毛、分(分だけは同じ)と言う。10年位前は1元=100円位だった        が、今は1元=10円くらいかなぁ?角は元の十分の一、分は角の十分の一。


最終章 祁氏通背門小架式

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