民間武術探検隊-町田

第一章  張師兄

     7月某日。ひさしぶりに○○師兄から連絡が入った。      「7月20日に先般来日した張師兄の通背特別講習会を開催する。ついて     は通訳として来て欲しい。」との依頼であった。      張師兄というのは、張安福氏の事である。師兄は、常松老師(ぼくの老師)     の兄弟子である故陳功年師伯の拝師弟子で大連出身、今年44才の身体の大     きな人である。      若い頃には大連の散手比賽の重量級で3年連続冠軍したという実績を持つ、     本格派の民間武術家だ。      常松老師のコネで来日し、○○師兄の会社に住み込みで働いている。期間     は2年の予定である。      この張師兄の来日を機に通背町田支部が設立された。○○師兄を中心にし     て、張師兄指導の元、日々通背拳の練習が行われている。今回の依頼は、そ     の生徒集めのために行う特別講習会についてのものだそうだ。      張師兄の事は、来日前から「とても真面目で良い人よ。(常松老師談)」     と聞かされていたので、ぼくは会える日が来るのをとても楽しみにしていた。      師兄来日後、6月に初めて会い、その後、7月にも1度会ったが、時間が     あまりなく、じっくり話す事はできなかった。      しかし、短い時間ではあったが、「老師の言う通り、真面目でとても良い     人だ」という印象をぼくは持った。      聞くところによると、来日後も朝夕1日2回の練習は欠かさないと言う事     だ。ほんの少しだけ見せてもらった動作からもその功夫が尋常ではない事は     伺えた。      さらに○○師兄から「張さん(日本に)来た時、でっかいバッグ三つも持     ってきたんで、何かと思ったら、中にぎっしり向こうの食材が入ってたんだ     よ。こっち(日本)は物価が高いからってんで、保存の効くのをいっぱい持     ってきたんだよ」等という話しを聞いて、ぼくは益々張師兄が好きになった。      そんな訳で、20日は表演大会の手伝いをする事になっていたが、それを     ほっぽりだして(^_^; 「行きますっ!!」と元気良く返事をしたのであった。      通背好きなぼくは、各方面から通背に関する情報を集め、いろいろと研究     (と言うと大袈裟か(^-^;)していたので、張師兄には聞いてみたい事がたく     さんあった。      そこでぼくは、今までの民間武術探検で撮ったものなどから通背スペシャ     ルビデオを編集し、また今までに収集した資料の中から選りすぐった通背ス     ペシャル資料を携え、張師兄の通背特別講習会に臨んだのであった。(既に     手伝いで行くというよりも、いろいろ教えて貰いに行くつもりになっている)      待ち合わせのJR淵野辺駅へ向かう電車の中で、ぼくは秘かに燃えていた。      遂に張師兄の通背を存分に体験する日が来たのだ。      駅に着くと同行の師兄と共に○○師兄の迎えの車に乗り込み、講習会の会     場でもある○○師兄の会社へと向かう。     「もう、張さん、朝から大張り切りでさぁ〜」と○○師兄。     「をを〜、そうなんですかかかっ。わくわく。」と喜ぶ我々。     「中国から持ってきたキクラゲとかたっぷり準備してさぁ」     「へ?」     「ん。夜の宴会の準備」(ん〜、そっちも楽しみだけど(^_^; マイッカ)     「それにしても○○師兄、毎日、張師兄と練習できるなんて、ちょ〜うらや     ましぃっすぅ。」と言うと     「オレ、もう毎日がつらくて、つらくて。」と、いつも元気一杯な○○師兄     とも思えない言葉が返ってきた。      そんなに凄い練習なのか!?。      会社に着くと、同じ敷地内にある張師兄の部屋に向かう。張師兄が「にい     はぉ。歓迎、歓迎」と笑顔で迎えてくれる。      相変わらずでっかいぜぇ〜、張師兄。「どうぞ、どうぞ」と冷たいお茶を     入れてくれる。恐縮しつつ頂く。張師兄は台所でいろいろと準備をしている。     「張さん、料理が凄くうまくてさぁ。びっくりするぞっ。」と○○師兄。確     かに凄そうだ。夜も楽しみ。      ふと部屋の壁を見ると、「ライライ拳」と書いた紙が貼ってある。     「ん?なんじゃこりゃ。」と思って○○師兄に尋ねると     「こりゃぁ、あれだよ。張さんは中国の散打チャンピオンだろ。」     「はぁ、で?」     「だから、ライライ(擂台(らいたい)のことを言っているらしい)だよ。」      う〜ん、似てはいるけど(^_^;>発音      さらに、周囲にある紙系の物(ティッシュの箱とか何かの広告の裏とか)     には、マジックでいろいろな字が書いてあり、○○師兄が苦心して会話しよ     うとした痕跡が認められた。     「寸勁、捕鼠、可能、李書文、八極、有名」等は、まあ分かる。「○、×」     もいいだろう。      しかし、「酒の友、少し」 「中国、油っぽいもの、多い。日本、さっぱり     したもの、多い」とか、平仮名が混じってるのは、どうかな〜(^_^;      通背町田支部の活動は6月から開始されている。月曜から金曜までの朝夕     2回、参加自由という、とてもうらやましい環境だ。      今回の講習会には、そのメンバー数名と近くで高道生師の螳螂拳を学ぶサ     ークルのメンバーが集まった。およそ20数名といったところだ。スーパー     セーフなんぞ持ってきてるヤツもいるぞ。      そして練習は始まった。      (続く)      語句解説     ○「師兄」という呼び方について      厳密に言えば「師兄」ではないが、常松老師に「中国だったらなんと呼び      ますか?」と聞いた所「師兄(すーしぃおん)でいいでしょ」との事であ      ったので。本来は従兄の関係。     ○師伯      先生の兄弟子の事。先生の弟弟子は師叔。     ○拝師      中国武術の世界では弟子には二通りがある。学び初めは学生と呼ばれ、基      本的な事しか学ぶ事はできない。その後、老師から技術、人格など総合的      に認められ、一門の技術を受け継ぐに相応しいと認められた者は、拝師と      いう儀式を経て弟子となる。一番最初の弟子を開門弟子、最後の弟子を関      門弟子という。近年、この制度はなくなりつつあるが、民間の武術家には      これを守り続けている人も多い。     ○散手比賽      散手の大会。いろいろな形式があるが、張師兄はヘッドギアにグローブを      つけて、雷台で行ったそうだ。     ○冠軍      優勝の事。第一名とも言う。総合優勝は全能冠軍。     ○雷台      散手をする時の闘技場の事。雷台を使ってする散手の事を指す場合もある。      相撲の土俵のように円くて一段高くなっているが、大きさは土俵よりかな      り大きく、高さもある。雷台から落ちると即負けになるため、戦法もそれ      によって変わってくる。一般的には自然と前へ前へと出て積極的な闘いに      なる。     ○表演大会      ここで言う表演大会は、毎年日本で行われる、全日本武術太極拳表演大会      の事。日本で行われる一番大きい大会。全国からたくさんの武術練習者が      集まります。     ○キクラゲ      やっぱキクラゲでしょう。中国人って異様に好きじゃないかなぁ。ぼくも      好きだけど。      次回予告      「電光石火の早技にうなる我々」      「夜の宴会で明かされる数々の真実」      「そうだったのかぁぁ。恐い顔の夏老師、表演の真実」      「一体、どういうつもりなんだだっ。○○師兄の気功ではなく奇行」       等々


第二章 奇行

第三章 お宝

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